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トドメの一言で彼女は押し黙り、そのまま逃げるように駆け出して行った。
ふぅ、と息をついたポキくんが振り向きかけたけれど、私はそんな彼の背中に触れてそれを阻んだ。
「わっ。 え、どうしたの?」
今こちらを向かれたら、涙を見られてしまう。
普段通りの優しい声に戻って、安心感に包まれ、余計に泣きそうな気持ちが膨らんでいるというのに。
私がそうしたのだから彼がこちらを見られないことは分かっていたが、私はふるふると首を横に振った。
この動作も見えないだろうと高を括っていたけれど、わずかに振り向いて肩越しに見ていたのか、ポキくんは小さく笑むように息をこぼした。
「怖かった? 大丈夫だよ」
いつもより少し低く掠れた声は、落ち着きと更なる安心感を私にくれた。
ポキくんの優しさに甘えてこのまましばらくこうしていようかと思ったけれど、手元の白色とピンク色が目に入って、そんな余裕はないことを思い出した。
そうだ、言わなきゃ。
まだ何も、伝えられていない。
ありがとうも、ごめんねも、何も。
それとなく周囲を見回すと、それぞれ作業に追われている人、友だちと談笑している人……。
勇気を振り絞るには、ここはちょっと騒がし過ぎる。
「ポキくん、屋上行かない……?」
たったそれだけを言うのにさえ、心臓がばくばくと飛び跳ねて、声が震えそうになる。
「え? うん、いいよ」
ひとまず頷いてくれたことにホッと息をつく。
目元に浮かんできていた雫をこっそり拭い、アイスを後ろ手に、彼と屋上へ向かった。
楽しげな喧騒に包まれている校舎内とは打って変わって、屋上は静かだった。
午後の太陽が私たちを照らす。
秋口とはいえまだ夏の気配が残っているおかげで、緊張に凍る心が少し溶かされる。
「これ、どうぞ」
ただし溶かされては困るものを、彼に差し出した。
幸いアイスは2本とも無事だ。
「お! ありがとう」
ポキくんは緩く笑うとバニラを受け取った。
包装を破って直ぐに食べ始める。
「食べないの?」
ポキくんが、私の手にあるもう1本のアイスを指して首を傾げた。
……私は、言わないと。
ストロベリーのピンク色が溶ける前に。
もし私も先に食べてしまったら、ただ一緒にアイスを食べるだけの時間になってしまいそうで。
だから、このピンク色が形を保っている間という制限時間を作って、勇気を出さなければ。
「ポキくん、あのね……」
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作者名:小桜ふわ | 作成日時:2019年9月6日 17時