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「あ、来たよ」
と、れんが言った。
彼の視線を追うと、Aが教室に入ってきたところだった。
彼女は自分の席につくと文庫本を取り出して読み始めた。
Aに声をかける人は見当たらない。
彼女が席を立つ素振りもない。
チャンスだ!
そう思った俺は立ちあがると、脇目も振らずAの元へ向かった。
「おはよ」
机を挟んで彼女の正面にしゃがむ。
俺がそう挨拶をすると、Aはとてつもなく驚いた様子で目を見開いた。
「……お、おはよう」
少し間が空いてから、ぽつりと彼女が言った。
未だびっくりした表情のまま俺を見つめる。
こんなふうに自分から話しかけたことは初めてだった。
だからこんなに驚いているのかな?
あくまで余裕があるふうを装うため、俺は笑ってみせる。
本当は緊張で心臓が壊れそうだってことが、どうかバレていませんように。
「どうしたの?」
Aが尋ねてきた。
「何が?」
「何か用かなって思って」
……そっか。 たぶん、慣れていないんだ。
今まで誰かとつるんでいる様子も見たことないし。
友だち同士の会話、みたいなものに慣れていないんだろう。
俺がAの友だちかと言われれば、怪しいとはいえ。
「ううん、ただ普通に話しに来ただけ」
そう答えても、Aはきょとんとしている。
「昨日言ってたじゃん!
迷惑じゃないって。話しかけてくれたら嬉しいって」
「それは私じゃなくて、ポキくんの好きな人の話だよ!」
その“好きな人”が、Aなんだもん。
とは、さすがに声には出せない。
「何読んでるの?」
だから勝手に話しかけることにした。
「小桜ふわって人の小説だよ」
「へぇー、どんなの?」
「……恋愛小説、かな」
ちょっと照れくさそうに笑って文庫本に触れる彼女。
その表情に、どき、と心臓が跳ねた。
ちょっと驚きだった。
彼女が読書している姿はいつも見かけているけれど、もっと小難しい本を読んでいると思っていた。
恋愛小説だったんだ。なんて言うか、意外だ。
「……引いた?」
何も言わない俺に、Aは眉を下げて不安げに笑いながら問うてくる。
俺は、ぶんぶんと首を横に振った。
むしろ、可愛いなって思った。
ギャップってやつ? ……言えないけれど。
「良かった」
ほっとしたような彼女の目に、俺が映る。
彼女の世界に、俺がいる────。
甘く漂う想いに包まれていく。
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作者名:小桜ふわ | 作成日時:2019年9月6日 17時